【仮説】顧客はまず「ブツ」を通して価値を計るものである

先日、友人経由でとある文書の翻訳を打診されました。
おそらく先方は「業務としての翻訳」とは普段縁のない方の模様。
で、見積金額をお知らせしたんですが、発注には至りませんでした。

曰く、「高すぎる」と。

はぁ、高いですか。
まぁ、高いでしょうね。

個人的な経験の範囲での話ですが、産業翻訳に普段縁のない一般の方が推測する翻訳料金と実際の料金には、最大で5倍くらいの開きがあります。

で、何故にここまで感覚に開きがあるのか、と考えてみたんですが……。

翻訳の「成果物」は「訳稿」というドキュメントです。

一般的にお金を出して購入するドキュメントって、考えてみるとべらぼうに安いんですよね。
新聞・書籍・雑誌など、盛り込まれている情報量に比べると、ものすごく安い。

成果物として納品される訳稿の情報量当たりの翻訳料金と、一般的に販売されているドキュメント類のそれと比較すると、それこそ桁違いに高い。3桁くらいはは違うんじゃないかな。

もちろん、書籍その他は数をさばくことで費用を回収して利益を出していますし、依頼によって翻訳して納品した訳稿はいわば「オーダーメイド」なので、同列に比較するのはおかしいんですが。

でも、お客さまにとってのとっかかりはとりあえず「手にしたドキュメントの価格」になるワケで。
となると、自分が常日頃購入しているドキュメントの価格と比較して「うわっ、(バカ)高っ!!」という感覚になってしまうのは仕方ない気はします。

「訳稿」というドキュメント、つまりは「ブツ」を売る、というスタイルでは、とりあえず類似の「ブツ」(一般に販売されているドキュメント類)を基準に価格を判断されてしまう、と言うのは、もう宿命みたいなものだと思った方がよいのかも。

まぁ、これはあくまでも「個人的な経験から考えた『仮説』」ですけどね……。

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