翻訳の「品質」とは
アークコミュニケーションズの大里さんのブログに興味深い記事があったのでTB。
翻訳の仕事を専業で始めてから約8年になるが、未だに「翻訳の『品質』」とは何かについて悩むことは多い。
翻訳に求められることは、まとめてしまえば「原文に書かれている内容が正確に伝わるように、わかりやすく訳出する」というひと言に尽きるのだが、この「わかりやすく」というのが結構厄介だ。
「正確に伝わるように」というのも、実は考え出すとかなり面倒なテーマなのだが、ここではちょっと脇に措いておくことにする。
書かれた文章が「わかりやすいか否か」を判断するのは、通常は最終的な読み手である。
しかし、実務系の翻訳の現場では、翻訳を発注するクライアントが情報の送り手(書き手)側である場合が多い。
たとえば、製品のカタログやマニュアルの翻訳を発注するのは、その文書をユーザーに向けて送り出すメーカーであり、この場合に成果物の出来不出来を判断するのもそのメーカー側の人である。
その場合、クライアントには情報の送り手としての想いがあるワケで、成果物に対する評価もその観点から行われるのはある意味当然である。
しかし、送り手が思い描く「わかりやすい文章」が、本当にエンドユーザーにとって「わかりやすい」ものであるとは限らない。
翻訳者は(少なくとも私は)、情報の送り手側と受け手側を行きつ戻りつしながら、送り手側が意図していることを可能な限り正確に把握し、受け手側がそれを正確に、かつできるだけ送り手側が意図しているようにストレスなく読み取れる訳文を探っていく。
場合によっては受け手側に寄りすぎて送り手(発注者)側の意図とズレた訳文になったり、逆に送り手側に肩入れしすぎて受け手側にとってはわかりにくい訳文になることもありうる。
理想的なことを言えば、送り手・受け手の双方が、高いレベルで「わかりやすい」と感じられるのが、本当の意味での「高品質の翻訳」なのだと思う。
ただ現実には、実務系の翻訳の場合に翻訳の「品質」を判断するのは、情報の送り手側であるクライアントである。当然、その品質評価について、翻訳者側とクライアント側との間で齟齬が生じる可能性はあり得る。
それを防止するのに重要になってくるのが、クライアント(発注者)からの情報だ。
原文に書かれていない発注者の意図が詳しくわかれば、想定されている読者(受け手)のイメージも明確になり、発注者側だけでなく受け手側から見た「わかりやすさ」も結果的に向上するはずだ。
結局、翻訳は「コミュニケーション」の一部であるから、その質を向上させようとすれば、それに関わる当事者間のコミュニケーションの向上が不可欠、ということになるのだが。
これがなかなか、手間も時間もかかる大変な作業なんですなぁ……。
Tags:翻訳トラックバックURL: http://office-unite.com/archives/33/trackback/
2008-04-08 11:57 am | 全般/ 翻訳・言語四方山話 | No Comments »
