18年目に思う


阪神大震災が発生した1995年1月17日から18年が経ちました。

当時、私は東京の建設コンサルタントに勤務しており、一人暮らしをしていました。
あの年は成人式の1/15が日曜日(かつては毎年この日付が成人式だったんですよね……)。
出張でアパートを空けることが多かったためにそれまで買いそびれていたTVが、一人暮らし3年目にして初めてウチに来たのが振替休日となった1/16。

翌朝、初めてつけたTVに映し出されたのが神戸の惨状でした。
職業柄、「千人単位の死者が出るな……」と直感的に思いました。

出勤してみると、社内が妙にハイテンション。

まぁ、当然と言えば当然です。
「当事者」としてこの災害に関わる可能性が少なからずあり、年度末も重なっていたため、ともかく大変な騒ぎになることが予想されます。
さらに、コンサルタントや研究者にとっては、大きい災害の発生はある意味で「チャンス」です。生のデータは何よりも貴重な資料ですから、それを集められる機会を逃す訳にはいきません。

しかし、一見妙に「はしゃいだ」雰囲気になっている社内に強烈な違和感を感じたのも確かです。
そこにはどうしても「利己的な思惑」が透けて見えます。

もちろん、コンサルタントや研究者が災害の発生を待ち望んでいる訳では決してありません。データを収集するのは「次に同じことが起こったとき」に対処するためですし、ハイテンションになるのは突然目の前に現れた山ほどの「やるべきこと」に対応するための生理的反応でしょう。

それでもやはり、私は自問せざるを得ませんでした。

「自分は、誰/何のためにこの仕事をやっているんだろう?」

あのときの問いは、多分今でも私の原点です。

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